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鹿児島県垂水市の紹介

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垂水市は、大隅半島の北西部、鹿児島湾に面するほぼ中央に位置します。気候は温暖で、びわ・柑橘類などの果実やキヌサヤエンドウ・インゲンなどの蔬菜類の栽培も盛んであり、インゲンの生産量は日本一を誇ります。また、高隈山系を源に地底から湧き出る温泉水は、豊富な天然ミネラルをバランスよく含む健康飲料水として親しまれています。
県都鹿児島市と大隅半島を結ぶ海上陸上の要所であり、37キロメートルに及ぶ海岸線を有しているためブリ・カンパチの養殖漁業も盛んに行われています。

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たるみず市 観光地

猿ヶ城渓谷・森の駅

猿ヶ城渓谷・森の駅

猿ケ城渓谷は、県立自然公園、おおすみ自然休養林に指定されている高隈山の麓に位置します。すばらしい緑の中に清冽な水が流れ落ち、所々に花崗岩の奇岩・巨岩が連なり、降り注ぐ緑と水のシャワーは爽快です。
刀剣山の断崖には赤松(南限地)の美しい並木が続き心を和ませてくれます。また、猿ヶ城キャンプ場もあり避暑地に最適です。

道の駅たるみず

道の駅たるみず

大隅半島の玄関口「たるみず」。目の前は雄大な桜島と錦江湾。そして、湧水を誇る高隈連山。垂水は、観光やレジャー、新鮮な食材を使用したお食事など、一日中楽しめます。「湯っ足り館」は、日本最大級の足湯や天然温泉、旬の食材や鹿児島の特産品などが揃う物産館、レストランを合わせた観光施設です。休憩・お食事・お買い物など、楽しめます。

高峠つつじヶ丘公園

高峠つつじヶ丘公園

標高722メートルの高峠。垂水市の北東に位置するこの峠一帯は、高峠つつじヶ丘公園となっており、“サタツツジ”が約100種10万本ほど自生し、春になると全山を赤やピンクに染め、多くの花見客でにぎわいます。
つつじヶ丘公園には展望所があり、ここからは360度のパノラマが楽しめます。
北には霧島連山、東には志布志湾、そして眼下に錦江湾と薩摩半島の山並、南には高隈の山々が続きます。

千本イチョウ

千本イチョウ

垂水市の新名所となっている千本イチョウは、園主の中馬吉昭さんが帰郷後、先代から受け継いだ荒れ果てた山を、奥様と二人三脚で育てられ、開墾されたイチョウ園で、「世間自然遺産 僕立公園(NPO法人かごしま探検の会認定)」としても認定されています。

まさかり海水浴場

まさかり海水浴場

国道220号線沿いの鹿屋市との境には、風光明媚な遠浅のまさかり海水浴場があります。夏には波静かな美しい錦江湾で桜島と薩摩半島を望みながら、若者や家族連れの海水浴客で賑わいます。

垂水島津家墓地(垂水市指定文化財)

垂水島津家墓地(垂水市指定文化財)

島津77万石を支える一門家(加治木・重富・垂水・今和泉)のひとつである垂水島津家は、初代忠将(ただまさ)から16代貴暢(たかみち)まで約250年間垂水を治めました。
忠将の子2代以久(ゆきひさ)は慶長4年垂水に来て垂水城(別名荒崎城)に居城し、同8年佐土原3万石に移り、後は孫の久信に譲りました。
3代彰久(てるひさ)は朝鮮出兵で病死し、その妻は本家義久の次女で”新城様”と言われました。
4代久信は慶長16年、垂水城から林之城(現垂水小)へ移り、城下町(麓町)を形成します。また、寛永13年(1636)新城様は孫の久章( ひさあき)を初代に「新城島津家」を創建しました。
7代久治はよめじょ川疎水(そすい)工事に着手し、9代貴儔(たかとも)の時代に完成、享保5年には柊原村、野里村を合し、家禄18,000石となりました。また、垂水市の商店街が出来たのもこの頃です。
また、徳川将軍11代家斉の御台所、茂姫(廣大院(こうだいいん))の祖母は貴儔の長女都美(とみ=本家25代重豪(しげひで)の母)です。
藩政時代、垂水は学問が大変盛んで10代貴澄は安永5年、学問所「文行館(ぶんこうかん)」を創設しました。
14代貴敦(たかあつ)の正室、八百姫(やおひめ=於朝(おあさ))は重豪の13男の八戸藩、南部信順(なんぶのぶゆき)の娘ですが「篤姫」より前に徳川13代家定の嫁候補に上がった人です。15代貴徳は市内の各小学校長を務めています。16代貴暢(たかみち)は維新後男爵になりました。
垂水島津家は一門家として最上位の家臣として本家を支え、屋敷も鶴丸城に最も近い旧県庁(今の県民交流センター)の場所にありました。

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